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Stephen Malbon at Frank 151
 

2012.04.10

Stephen Malbon at Frank 151


日本版の創刊と共にさらなる盛り上がりをみせる“FRANK 151”!

ニューヨークを拠点に年4回発行され、グローバルに愛読されているフリーブック「Frank151」。毎回ゲストのキュレーターを招き、ユニークな視点から世界中のライフスタイルやカルチャーを10年以上紹介し続けている。今回は創始者であるStephen Malbon(ステファン・マルボーン)にインタビュー!「Frank151」の誕生、サクセスストーリー、今後の展望について語ってもらった。




ーまず初めにFrank 151がスタートした経緯を聞かせてもらえますか。

Stephen:ジョージア州アトランタに住んでたことがあって、アートの大学でエレクトロニックプリントのクラスを取っていたんだ。そのクラスではコンピューターでマガジンを作ることを学んだんだけど、クラスでマガジンのファイルを作ったりして、まっ、練習の企画だったけどね。その当時のアトランタには、アンダーグラウンドのミュージックやクールなアートシーンをカバーするマガジンが何もなかったから、学校用、そして後には一般向けにマガジンを作ることにしたんだ。Frank 151は、俺のアートスクールでの一番始めのレイアウトプロジェクトだったんだ。専攻はビジュアルコミニュケーション/グラフィックデザイン。Frank151を始めたのは1999年だったな。

ーFrank 151のネーミングの由来は?

Stephen:ネーミングを考えていた時に何もクールな案がでてこなくて、俺の妹のキャサリンに相談したんだ。俺はランダムな名前で、FrankかTonnyにしようと思ってたんだ。妹の意見を聞いた時に「Frank」という名前にはたくさんの意味があると言ってきた。例えば、Frankly speaking(率直に言えば)、ベンジャミン・フランクリン、フランク・ホワイト(映画『King of New York』の主人公)等。俺はフランクという名前を気に入ったし、正直先のことはあまり考えてなかったんだ(笑)。実際に学校のアートのプロジェクトの一環だったし。でも、今になってみると、この名前で良かったと思うよ。「Frank」という名前は覚えやすいしね。数字部分の「151」は俺が大学時代アトランタに住んでいて、Frank151がスタートした住所(151 Standish Avenue Apartment 1)なんだ。

1999年にマガジンをスタートし、最初はアトランタのみでのディストリビューションしてたんだけど、広告をゲットするために、ニューヨークやロスにマガジンをサンプルとして送ったりもしたことがあるな。ロスは特にサーフィンやスケボーの会社がたくさんあるしね。結果として、アトランタよりもニューヨークやロスの人達の方がマガジンを気に入ってくれたんだ。アトランタのマーケットにおいても、このマガジンはいい商品だと思ったけど、ターゲット層があまり良くなかったということかな。

ーアメリカ以外にはどの国にディストリビューションしていますか?

Stephen:ロスとニューヨーク以外には、東京、ソウル、シドニー、ヨハネスバーグ、ロンドン、パリ、バルセロナ、ベルリン、アムステルダム、そしてコペンハーゲン。そして、今ではニューヨークを拠点に東京、ロスアンジェルス、バルセロナにオフィスもあるんだ。

ーほとんど世界中ですね!日本でもディストリビューションをしていますが、いつ日本のビジネスを始めましたか、そして日本でのビジネスの経緯を教えてください。

Stephen:2000年前後あたりにFutura(フューチュラ)、SSUR(サー)、Situation Normal(シチュエーションノーマル)のグレッグなどの俺たちの友達がストリーウエアのブランドをやっていて、ニューヨーク拠点なんだけど日本で大量に売ってたんだ。俺も初めは日本でTシャツを売ってたよ。本の方、は中国から日本へダイレクトに送ってるよ。そう考えると日本では長くビジネスやっているね。俺がニューヨークに移ってきた2004年頃から日本でのビジネスをスタートしたと思う。




DATE : 04.10.2012 | CATEGORY : CULTURE

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