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Shie Moreno – Sights, Sounds, and Spirits
 

2014.06.10

Shie Moreno


ニューヨークを拠点に現代アーティストとして活躍する
シャイ・モレノに独占インタビュー。


Shie Moreno (シャイ・モレノ)は、キューバ出身のコンテンポラリー・アーティスト。80年代にグラフィティアートの世界へ足を踏み入れ、マイアミのグラフィティクルー『INKHEADS』のメンバーでもあった。今では、ペインターとして、グラフィティとカリグラフィの要素を含んだスピリチュアルな作品作りに没頭。ペイントだけではなく、コラージュ、タール、ペン、ワックス、エアロゾール、形見、そして、ドライフルーツやベジタブルでさえ、彼のアート道具として使用されている。現在は、ソーホーにアートスタジオを構え、活躍中。商業化され、アートシーンがほんの一握りに限られてしまったソーホーだが、モレノのスタジオは、昔のシーンを懐古させる、開放的でノスタルジックな雰囲気を醸し出す。そこは、モレノのスピリチュアルな世界観をフルに感じさせる、癒しの空間でもあった。








ーインタビューへのお時間ありがとうございます。モレノさんは、キューバ生まれのロス出身ということですが、幼少時代はどんなものにインスパイアされましたか?ー

僕は、キューバ、ハバナ生まれで、1980年にアメリカに家族で移住し、マイアミに到着したんだ。政府用の移民登録証等の手続きをマイアミで済ませた一週間後に、ロスへ移動したんだよ。80年代は、9歳から16歳までロスで過ごし、学校に通い始めたんだ。そして、81年にヒップホップカルチャーに出会った。その当時は、インターネットは無かったし、テレビ、出版物でヒップホップがカバーされることもない、アンダーグラウンドシーンの時代だよ。ヒップホップというアートフォームが盛り上がっていた時代でもあるな。また、ロスでは、ロック、スケーター、ブラッズやクリップスのストリートギャングの時代だったけど、やがて、このシーンも全米に広がっていったんだ。ニューヨークでは、70年代から80年代初期は、サブウェイグラフィティがトレンドだったけど、地下鉄から壁面に変わっていったし、出版物を通して、ロスにそのシーンの熱さが伝わってきたのを鮮明に覚えている。幼い頃から音楽と絵を描くのは好きだったから、ロスに住んだときにアンダーグランドシーンをみて、ヒップホップカルチャーにどっぷりはまったね。そして、グラフィティ、レコード集め、DJ、アートの世界に引き込まれていったんだよ。パーティーに行けば、酔っぱらいながら、グラフィティ、ブレイクダンス、DJ、MC、全てのアートフォームを体感することができた時代だね。




Shie Moreno - Sights, Sounds, and Spirits




”ヒップホップが全ての始まり”

マイアミでは、80年代にグラフィティ活動をなされていたということですが、その当時のシーンについて教えてください。

まず、僕は、グラフィティとは呼ばずに、ランゲージ(言語)だと思っているんだ。あの当時は、メディアでスプレーを使ったアートを表現する言葉が存在しなかったんだ。グラフィティが注目された時に、 “グラフィティ” という言葉ができたんだと思う。本来は、エアロゾールアートと呼んだり、グラフィティを描く人のことをライターって呼んでたよ。80年代のマイアミグラフィティシーンは過激だったけど、80年代後半になった頃は、ライター達が歳をとって、ちゃんとした仕事に就職したり、子供ができたりしてシーンの盛り上がりが欠けてきたようにも思えたな。マイアミのグラフティシーンは小規模だったし、若かった時だったから、このシーンをレペゼンしたかった。そういう意味で “INKHEADS” の一員になったんだ。当時はマイアミでアクティブに活動していたな。92年から99年の間は、マイアミからニューヨークまで、イーストコースト全域のミューラル (壁面) 制作をしたこともあったよ。

イーストコースト全域ですか!?今でもそのアートは残っていますか?

マイアミに少し残っているかな?グラフィティの出版物や写真集に記録されていると思うよ。廃墟された場所にグラフィティしてたから、今では、都市化して、新しい建物が建設されているけどね。当時は、巨大な建物、高架下、中断された建設場所がボク達のキャンバスだったよ。




Shie Moreno - Sights, Sounds, and Spirits




グラフィティは公共物破壊で違法の行為になっていますが、トラブルになった経験はありましたか?

いろんな事が起こったよ。ボクは捕まったことないけど、貨物列車のグラフィティしてた時に友達が捕まってたし、犬に頭を噛まれた友達もいたな (笑)。



Shie 1997 // Atlanta,GA. Shie 1997 // Atlanta,GA.

Ink Heads 1999 // Edec, Shie, Ease // Atlanta GA.  Ink Heads 1999 // Edec, Shie, Ease // Atlanta GA.  マイアミを代表するグラフィティクルー「INKHEADS」。今でもグラフィティシーンで活躍中のクリス・メンドーサ(EDEC)、ホセ・パルラ(EASE)との共同ミューラルアート。


Shie// Early 2000's // Miami, FL. Shie// Early 2000's // Miami, FL.

Art Basel 2010 // Miami, FL. Art Basel 2010 // Miami, FL.




面白いお話ありがとうございます!ニューヨークへ拠点を移した理由は何ですか?

僕は全米を旅してて、アトランタを拠点に5年くらい住んだこともあったけど、いつもニューヨークに来ていたんだ。何故かって?イスラム教徒がメッカに行かなきゃいけないでしょ?それと一緒で、ニューヨークは、全てのメッカだからね。

まさにその通りですね!その当時のニューヨークのアートシーンはどんなものでしたか?また、今との違いをお話ください。

90年代初期は、“INKHEADS” としてグラフィティ活動していたな。当時のシーンは、今とびっくりするぐらい違うね。インターネットが普及していない時代だったから、ウェブサイトがあるわけでもないし、全て口頭でのコミュ二ケーションの時代だよ。当時 “12 oz. Prophet” というグラフィティマガジンに関わっていて、旅しながら手渡しで配布してたな。メールもなかったから、他の都市の人に手紙を書かなければいけないこともあった。アンダーグラウンドアーティストがギャラリーにレペゼンされることも稀だった時代だよ。ラッキーな事に、初めてのショーをニューヨークにある113ギャラリーで開催させてもらったことを覚えてるんだ。今とは、全く違うマーケットだね。あえて言えば、ヒップホップみたいなものだよ。アンダーグラウンドで生まれて、ストリート、そして世界に広がり、どんどん成長していったからね。でも、アートというフォームは、世界中いつでも同じなんだよ。その周りが変わっていってるだけなんだ。テクノロジーの進化は、シーンに凄い影響していると思うね。今だったら、コンピューターひとつで、自分のアートや音楽をプロモーションできる時代だけど、昔だったら、一苦労だったからね。



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DATE : 06.10.2014 | CATEGORY : Details, INTERVIEW

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