Y-3Y-3
新進気鋭の女性デザイナー “Romina” をクローズアップ!
 

2017.12.14

   


 NYのファッションシーンに新たらしい風! 女性デザイナー“Romina”をクローズアップ




注目のデザイナーのすべてに迫る!



ロングヘアーがトレードマークの[Romina Cenisio (ロミナ・セニシオ)]。グラフィックデザイナーである彼女は、多数のブランドのクリエイティブに貢献し、ファッション界で注目されている。現在は、“Alexander Wangにて、シニア・グラフィック・テキスタイル・デザイナーとして活躍し、ウィメンズ、メンズの全コレクション、そして、“T by Alexander Wangも担当。


過去には、GERLAN JEANSHood by Air NIKEで実績を積み、Lil WayneRihanaなどの大物アーティストとのファッションプロジェクトも手掛けた経験がある。常にインディペンデントなスタイルを貫きながら、ブランドに新風を吹き込み、確実にファッション界に歴史を刻んでいる。


シームストレス(裁縫師)の母親からの影響もあるのか、自然と自分で洋服を作るようになり、高校の時に、ニューヨークの名門ファッションスクール“FITでファッションを学ぶことを決意。18歳の時に単身でニューヨークに移住し、学校に通いながら当時のニューヨークのナイトシーンで、現在のAlexander WangHood By Airのデザイナー、Shayne Oliverと出会ったと言う。


何も予期せず、自然と人と繋がり、今のロミナがあるのは、きっと彼女の持っている独特の感性と謙虚さではないだろうか?今回のインタビューでは、そんな彼女のクリエイティビ、生い立ち、感性、魅力に迫ってみた。


 


まず初めにあなたの生い立ちについて聞かせてください。


私の両親はイタリア系移民で、母親は貧しい街の出身だったの。ちゃんとした教育も受けずに、6歳の時からシームストレス(裁縫師)の学校に通ってたのよ。大家族の長女で、8人の弟妹がいて、アメリカに来た時には、すぐに工場でシームスストレスとして働いていたわ。私はニュージャージー州で産まれたんだけど、2歳の時に、テキサスのエル・パソに引っ越して、育ったのは、アメリカとメキシコが混ざった国境の街で、父親はメキシコで働いていたのよ。


距離的にニューヨークの市内からブルックリンのウィリアムスバーグに行くぐらいだから、15分くらいかしら。学校の友達もほとんどメキシコ人だったから、メキシコのカルチャーのインフルエンスがたくさんあったり。子供の時は母親がいつも洋服を作ってくれていたんだけど、正直恥ずかしかったの。まわりはみんなデザイナーの洋服着ているのに、自分は母親のハンドメイドの洋服だったから。


高校の時にアメリカではプロムという行事があるんだけど、その時に着るドレスを母親に手助けしてもらいながら、自分で作ったのよ。それから、いつも母親が自分のために洋服を作ってくれてたことにすごく感謝するようになったわ。だって、まわりのみんなのお母さんはドレスを作ってあげることできなかったから。きっと母親の影響ね。


そしてその流れで、大学はファッションスクールに行きたいと決めてたの。そして、ニューヨークのファッション専門大学FITに受け入れてもらって、18歳の時に単身でニューヨークに引っ越してきたわ。初めは、ファッションマーチャンダイズを専攻していたけど、途中でファブリックスタイリングの専攻に変えて、グラフィックデザインとファブリックデザインがミックスした専攻でスタイリングも学んだの。


学校のプロジェクトでは、コレクションを自分達で作って、どういう風にスタイングするかを実験したり、ルックブックを作ったりね。コレクションを作るだけではなく、ブランディングの重要さも学ぶことができたわ。



NYのファッションシーンに新たらしい風! 女性デザイナー“Romina”をクローズアップ



ニューヨークはエキサイティングな街ですが、この街でインスパイアされたことは?


やっぱりナイトライフね!特にニューヨークのゲイシーンに感化されたわ。トランスセクシャルのアイコンでもある“アマンダ・ルポー”が登場した時代によく、フラット・アイアン地区にある「Happy Valley」というクラブによく通っていたわ。


いろんな人種が集まっている街で、特にナイトライフはエキサイティングだったわ。ほとんどのFITの友達はゲイだったし。とにかくいろんな人と出会って、たくさんインスパイアされたの。ナイトシーンで、Alexader WangHood By AirShayne Oliverとも友達になったしね。




卒業後は、どんな仕事についたのですか?


普通のファッションコーポレーションで、テキスタイルデザイナーとして働いていたんだけど、正直自分に向いてなかったわ。その後に、全く違うキャリアを選択することになってね。それはファッションとは別に、獣医さんになりたい!という夢があって、デザインの仕事はフリーランスでやって、獣医さんの学校に通うことにしたの。


自分で学費を払っていたから、だんだんお金につきて、動物の病院で働いたり、ボランティアもやってたわ。とにかくあの時は必死だったけど、ちょうどタイミングよく、私にとって夢のようなインターンシップのお誘いが、大好きなブランド“GERLAN JEANSからあったの。たまたま私の友達がデザイナーの知り合いで、インターンを探している時でね。


その当時(2011年)はあまりファッションシーンが自分にとってエキサイティングじゃなかったけど、“GERLAN JEANSは、ガールズパワー満載のブランドで、Jeremy Scottのキャリアをものすごく助けたブランドよ。元々デザイナーは、2年間テキスタイルデザイナーとしてJeremy Scottのブランドで働いていたの。このインターンシップの誘いが、私に活力を与えてくれて「またデザインしたい!」と思えたから、獣医の分野を離れ、新たなスタートをすることを決意したの。




インターシップの後は、どんな仕事をしたのですか?


GERLAN JEANSのデザイナー・Gerlan Marcelからの紹介で、アーティストのLil Wayneの洋服ブランド“Trukfitのレディースラインのグラフィックデザインを担当したわ。4シーズンあって、一年近く働いたかな。アーティストが好きなものをデザインすることが軸にあったけど、比較的自由にやらせてもらえて楽しかった!


その後(2012年)に、ニューヨークのナイトライフで出会って、友達だったShayneからHood By Airでのデザインを頼まれて、一緒にコレクション制作したの。ブランドにとって、素晴らしい年でもあったし、凄いエキサイティングだったわ。Shayneとは同じカルチャーをシェアしていて、2人でアイディアがどんどん出てきたし、個性的なブランドだったから、そのカルチャーを理解していることが大切だったと思うの。


ブランドはどんどん成功していって、スポンサーがついたり、LVMHからアワード賞をもらったり、中国やイタリアの工場からスポンサーがついたり。一番初めは、DIS magazineとのシェアオフィスで、あまりにオフィスが小さくて、Shayneが私の膝にのって、一緒に仕事したこともあったわ()。ルールもなく、とにかく自由に楽しくやってたし。私の夢のアイディアがPre Fallのコレクションで使われたり。ブランドのエキサイティングな瞬間を全て満喫させてもらったことに感謝しているわ。



HBA HBA HBA HBA HBA HBA HBA HBA



そして、NIKEからグラフィックデザイナーのポジションへのヘッドハンティングのお誘いをもらって、本社のあるオレゴン州に移動することになったの。担当はメンズのスポーツブランド。。デザインだけではなく、スタイリングやアートディレクションのプロジェクトもやらせてもらったり。


ネイティブアメリカンのプロジェクト『N7』では、ブランディングも担当したわ。そして、7ヶ月経ってから、友達でもあるAlexander Wangから連絡があって、ヘッドグラフィックデザイナーのポジションでニューヨークに戻ってきてほしいと言われて。。。


NIKE大好きなブランドだったけど、オレゴン州には誰も友達も家族もいなかったから正直ホームシックだったの。だから、Alexからの連絡で、やっぱりニューヨークに帰りたい!と思ってね。家族も隣街のニュージャージーに今は住んでいるし。そして、オレゴンからニューヨークに戻ってきて、Alexander Wangで働くことになったの。



[metaslider id=48689] [metaslider id=48689] [metaslider id=48689]



Alexander Wangではどんなことを担当していますか?


シニアグラフィックデザイナーとして、“Women’s Ready to Wear Men’s ready to Wearコレクション、そしてカジュアルラインの“T by Alexander Wang、アクセサリーの全てのカテゴリー のグラフィックデザインとテキスタイルを担当しているわ。女性ものに関しては、Alexからたくさんのアイディアが出てくるんだけど、男性ものに関しては、Hood By AirNIKEのメンズを担当していたし私がたくさんアイディアを出してるの。


女性ものだったら、30個くらいのグラフィック、プリント、刺繍、ビーズなどのアイディアを出し、そのアイディアに100個くらいのコンセプトを考えても、最終的にコレクションに使われるのは2、3個ぐらいかしら。デザインチームも小規模で、3名から5名で構成されているの。でも、才能のある他のデザイナーと一緒に働けて、ショーが終わった時の感動は最高ね!

 

 



Alexander Wang




フリーランスでもたくさんの仕事をしているそうですが、どんなことをしていますか?


Victoria Secretとお仕事するチャンスをもらったわ!去年やったプロジェクト『Victoria's Secret × Nicopanda PINK fashion show 2016』では、ショーで使うファブリックを決めたりデザインのディレクションを担当させてもらったわ。


もう一つは、私もファンである“Rihannaとの仕事!スタイリストで親友でもあるAnnaRihannaのクリエイティブ・ディレクターを紹介してくれて、“ANTI TOUR”のマーチャンダイズのデザインを担当したわ。Rihannaも気に入ってくれてから、すごく嬉しかった!そして、親友でもあるLUARのグラフィックとアートディレクションもやってるの。



Rihanna Rihanna Rihanna Rihanna Rihanna



去年東京に行ったそうですが、東京はどうでしたか?


LOVE!!渋谷、新宿は楽しかった。混み合っているのに、都会の中に神社があったりと、何かしら安らぎを感じられるところが好き。コントラストが素晴らしいわ。ファッションも感動!みんな自分を表現することを忘れていないし、気を使ってスタイリングしてると思う。ラーメンね(笑)。一杯ずつラーメンも工夫されて作られてて()


そして、安全なところも感動した。物を置き忘れても、ちゃんとその場にあったり。ニューヨークでは考えられないわね。日本人の人間性が素晴らしいわ。知らない人と東京の街でお話したんだけど、ニューヨークにいる人よりもディープな話ができたり。言葉で表すと、ビューティフルでセンシティブ!そんな街だったわ。




あなたの今後のプロジェクトは?


実はつい最近Alexander Wangとインディペンデント契約をすることにしたの。自分の可能性をもっと伸ばしたいと思っての決断よ。グラフィックデザインだけではなく、アートディレクション、ブランディング、撮影などももっとやっていきたいし。実は、2015年から友達のスタイリストの子とセクシーなレディースブランド[Venomiss]を立ち上げたんだけど、これとは別に、自分でガールズパワー満載の自分のブランドも立ち上げたいと思ってるわ。今までの自分の貴重な経験をフルに活かして、洋服を通して、頑張る女の子を応援したいし!自分の地元でもあるエル・パソの高校で、ワークショップも計画して若い子たちを応援したいわ。



Venomiss Venomiss Venomiss Venomiss


Romina Romina

 

 

Interview & text by Mimi Tamaoki (@gcv212)


 


 


INFO
Romina Cenisio  www.rominarules.us

Instagram  @herekittykitty666 

Venomis  www.venomissnyc.com


 


 


   


 


DATE : 12.14.2017 | CATEGORY : FASHION

635pxライン画像

THROWBACK